かつて、天に御座す方のなかでも最上級の位に位置する方は人類を男男・女女・女男と区別して創造された。
主は人類を地上へと降り立たせた。
人類はその地で他の生物を支配しようし、全生物の中で頂点に立とうとした。
主は怒った。
主は人類を、男男は男と男に、女女は女と女に、女男は女と男に、分け隔てた。
すると、人類は「愛」という概念を持ちはじめた。
元が男男であった者は、男を求め。
元が女女であった者は、女を求め。
元が女男であった者で女となった者は男を求め、男となった者は女を求め。
元がひとつであったので、お互いが寄り添いひとつになろうとする欲望が芽生えた。
ひとりはひとりだが、ふたりでひとりとなりたい。
それが「愛」であろう。
男・女と分かれてから果てしない程、刻が経った。
元々ひとりであった者が分かれてから刻が経ち過ぎてしまい、それぞれの価値観は全く異を呈してしまっていることであろう。
元は同じだったのだけれど…。
だが、価値観が違うからこそ繋がりあえるものだ。
磁石のS極とN極がくっ付きあうように…。
異なる価値観を認めあい、己の持たないものを相方が持っていたら素直に尊敬する。
そして、己を省みて成長の糧とする。
あなたの片割れは誰ですか?
主は人類を地上へと降り立たせた。
人類はその地で他の生物を支配しようし、全生物の中で頂点に立とうとした。
主は怒った。
主は人類を、男男は男と男に、女女は女と女に、女男は女と男に、分け隔てた。
すると、人類は「愛」という概念を持ちはじめた。
元が男男であった者は、男を求め。
元が女女であった者は、女を求め。
元が女男であった者で女となった者は男を求め、男となった者は女を求め。
元がひとつであったので、お互いが寄り添いひとつになろうとする欲望が芽生えた。
ひとりはひとりだが、ふたりでひとりとなりたい。
それが「愛」であろう。
男・女と分かれてから果てしない程、刻が経った。
元々ひとりであった者が分かれてから刻が経ち過ぎてしまい、それぞれの価値観は全く異を呈してしまっていることであろう。
元は同じだったのだけれど…。
だが、価値観が違うからこそ繋がりあえるものだ。
磁石のS極とN極がくっ付きあうように…。
異なる価値観を認めあい、己の持たないものを相方が持っていたら素直に尊敬する。
そして、己を省みて成長の糧とする。
あなたの片割れは誰ですか?
石田衣良さんの『6TEEN』を読了しました。
この作品は、直木賞を受賞した『4TEEN』の続編となるものです。
題名通り『4TEEN』では、14歳の少年たち、『6TEEN』では、16歳の少年たちを中心とした青春小説です。
思春期が産み出す独特の葛藤や苦悩、大人を認めたくなくて身近にいる大人になりたくないと思うが、段々と子どもから、なりたくなかった大人へと近づいていることへの悩みを描いています。
読了し、最初に思ったのは、『4TEEN』のような思春期が織り成す疾走感とも呼べるものが無くなっていると感じました。それは、16歳となり大人に近づいているということなのでしょう。
しかし、高校生といえども、まだまだ思春期まっただ中。
心のもやもや感はあります。
それに、中学生から高校生へと歳を経ていることで、余計に心のもやもやは難しくなっています。
恋愛や友情、あらゆる経験を得ることでそれは解決していくことだろう。
今、ひとつの答を導きださなくてもいいのだ。
時は、人を大人に近づけ、子どもの自分を遠ざけようとする。
子どもは大人を嫌い。
大人は子どもを認めたがらない。
それは、一種の憧れから来る反作用ではないか。
子どもは今身近に居る頭の固い大人にはなりたくなく、自分が大人になったら今居る大人とは違う大人になってやると憧れる。
大人は子どもの頃は嫌悪していた大人に自分がなってしまっており、もう子どもの頃抱いていた思いを得ることは出来なってしまっており、そんな自分を嫌い、子どもに憧れる。
『6TEEN』では、16歳で出会うことになった友との別れについても書いている。
「死はひとりきりしか加入者のいない携帯電話によく似ている。なにを話しかけても、どこにもつうじない。メールも送りっぱなしになってしまう。すべての質問や思いをのみこんでしまうきれいな空っぽのことなんだ。」
死はこの世の全てのものとの決別である。
もう話すことも、触れることも叶わなくなることだ。
親しき者の死に直面したときには、誰もが後悔を残すだろう。
もっと優しく接してあげればよかった、「好き」ともっと言ってあげたかった、もっと…もっと…、と。
だから、家族や恋人、友人には優しく接してあげよう、「好き」と言葉で積極的に表してもいいかもしれない。
そうすれば、こんなに荒み、汚れた世界もあなたの周りだけは奇麗に見えるかもしれない。
世の全ての人に優しくなんてことは必要ない。そんなことは到底不可能だから。
まぁ、どんなに親しき者と優しく接していても、その人が永遠の旅に出てしまったあとは必ず後悔するものなのだけどね。
この作品は、直木賞を受賞した『4TEEN』の続編となるものです。
題名通り『4TEEN』では、14歳の少年たち、『6TEEN』では、16歳の少年たちを中心とした青春小説です。
思春期が産み出す独特の葛藤や苦悩、大人を認めたくなくて身近にいる大人になりたくないと思うが、段々と子どもから、なりたくなかった大人へと近づいていることへの悩みを描いています。
読了し、最初に思ったのは、『4TEEN』のような思春期が織り成す疾走感とも呼べるものが無くなっていると感じました。それは、16歳となり大人に近づいているということなのでしょう。
しかし、高校生といえども、まだまだ思春期まっただ中。
心のもやもや感はあります。
それに、中学生から高校生へと歳を経ていることで、余計に心のもやもやは難しくなっています。
恋愛や友情、あらゆる経験を得ることでそれは解決していくことだろう。
今、ひとつの答を導きださなくてもいいのだ。
時は、人を大人に近づけ、子どもの自分を遠ざけようとする。
子どもは大人を嫌い。
大人は子どもを認めたがらない。
それは、一種の憧れから来る反作用ではないか。
子どもは今身近に居る頭の固い大人にはなりたくなく、自分が大人になったら今居る大人とは違う大人になってやると憧れる。
大人は子どもの頃は嫌悪していた大人に自分がなってしまっており、もう子どもの頃抱いていた思いを得ることは出来なってしまっており、そんな自分を嫌い、子どもに憧れる。
『6TEEN』では、16歳で出会うことになった友との別れについても書いている。
「死はひとりきりしか加入者のいない携帯電話によく似ている。なにを話しかけても、どこにもつうじない。メールも送りっぱなしになってしまう。すべての質問や思いをのみこんでしまうきれいな空っぽのことなんだ。」
死はこの世の全てのものとの決別である。
もう話すことも、触れることも叶わなくなることだ。
親しき者の死に直面したときには、誰もが後悔を残すだろう。
もっと優しく接してあげればよかった、「好き」ともっと言ってあげたかった、もっと…もっと…、と。
だから、家族や恋人、友人には優しく接してあげよう、「好き」と言葉で積極的に表してもいいかもしれない。
そうすれば、こんなに荒み、汚れた世界もあなたの周りだけは奇麗に見えるかもしれない。
世の全ての人に優しくなんてことは必要ない。そんなことは到底不可能だから。
まぁ、どんなに親しき者と優しく接していても、その人が永遠の旅に出てしまったあとは必ず後悔するものなのだけどね。
現在、お盆ということで、実家に帰省しています。
勉強しようと思って勉強道具持ってきているのですが、
実家と地元という空間・空気のせいか、
なかなか勉強に取りかかろうという気持ちが起こりません。
僕の心が弱いせいなのですけれど…。
ダメだね俺は。
こんなことしてる間に周りの人たちはどんどん先に行ってしまう。
置いてかれてしまう。
逃げちゃダメなんですよぉ…。
いぢめる?
いぢめる?
いやいや、いじめないよ〜。
俺は果たして頑張っているのだろうか?
自信もって頑張っているとは言えないです。
将来のことでもあるから、頑張らなきゃだよな。
無理矢理追いつめるか。
もっと器用に生きたい。
愚痴というかダウンな日記でごめんなさい。
勉強しようと思って勉強道具持ってきているのですが、
実家と地元という空間・空気のせいか、
なかなか勉強に取りかかろうという気持ちが起こりません。
僕の心が弱いせいなのですけれど…。
ダメだね俺は。
こんなことしてる間に周りの人たちはどんどん先に行ってしまう。
置いてかれてしまう。
逃げちゃダメなんですよぉ…。
いぢめる?
いぢめる?
いやいや、いじめないよ〜。
俺は果たして頑張っているのだろうか?
自信もって頑張っているとは言えないです。
将来のことでもあるから、頑張らなきゃだよな。
無理矢理追いつめるか。
もっと器用に生きたい。
愚痴というかダウンな日記でごめんなさい。





